「生きる」樹木希林さんのお言葉

 

樹木希林さんが亡くなったというニュースを聞いて、邦画をよく観る私は残念な気持ちになりました。彼女の演技はものすごく自然体で、作品を魅力的にします。日本の誇る名女優としてこれからも語り継がれるでしょう。

 

個人的に印象に残っているのは、彼女がどのような役になりきっても、その口から出る言葉にはどれも重みがあるということです。彼女が出演している映画を観たことがある人には共感していただけると思います。

ほんの数秒間ですが、彼女の魅力が詰まっています。

 

そんな樹木希林さんですが、生前に不登校のイベントなどに参加していたようです。その際に子どもたちへ贈った言葉が印象的だったので、引用させていただきます。

 

新学期が始まる日、まわりのみんなが「おはよう、今日から学校だね」って笑顔で言葉を交わすとき、「私は学校に行きたくない」ということを考える気持ち、何となくわかります。

だから思うの、そう思うこと、それはそれでいいじゃないって。

私は小さいとき、自閉傾向の強い子どもでね、じっと人のことを観察してた。学校に行かない日もあったけど、父は決まって「行かなくてもいいよ、それよりこっちにおいで、こっちにおいで」って言ってくれたの。だから、私の子どもがそういうことになったら、父と同じことを言うと思う。

それにね、学校に行かないからって、何もしないわけじゃないでしょう。人間にはどんなにつまらないことでも「役目」というのがあるの。

「お役目ご苦労様」と言ってもらえると、大人だってうれしいでしょう。子どもだったら、とくにやる気が出るんじゃないかな。

ただね「ずっと不登校でいる」というのは子ども自身、すごく辛抱がいることだと思う。うちの夫がある日、こう言ったの。「お前な、グレるってのはたいへんなんだぞ。すごいエネルギーがいるんだ。そして、グレ続けるっていうのも苦しいんだぞ」って。

ある意味で、不登校もそうなんじゃないかと思うの。学校には行かないかもしれないけど、自分が存在することで、他人や世の中をちょっとウキウキさせることができるものと出会える。そういう機会って絶対訪れます。

私が劇団に入ったのは18歳のとき。全然必要とされない役者だった。美人でもないし、配役だって「通行人A」とかそんなのばっかり。でも、その役者という仕事を50年以上、続けてこられたの。

だから、9月1日がイヤだなって思ったら、自殺するより、もうちょっとだけ待っていてほしいの。そして、世の中をこう、じっと見ててほしいのね。あなたを必要としてくれる人や物が見つかるから。だって、世の中に必要のない人間なんていないんだから。

私も全身にガンを患ったけれど、大丈夫。私みたいに歳をとれば、ガンとか脳卒中とか、死ぬ理由はいっぱいあるから。

無理して、いま死ななくていいじゃない。

だからさ、それまでずっと居てよ、フラフラとさ。

出典:2015年8月22日・登校拒否・不登校を考える全国合宿in山口/基調講演「私の中の当り前」から

 

生きる勇気をくれる言葉ですよね。彼女自身、小さい頃は学校にいかない日もあったようです。だからこそ、この言葉に救われる人も多いんじゃないんでしょうか。

 

最後に、彼女の言葉を僕なりに解釈してみました。

自分の役割や自分を必要としてくれる人と出会う前に、学校に馴染めないからといって自殺しないでほしい。生きているだけで価値がある、そう感じられる日まで生き続けてほしい。辛いことも苦しいこともたくさんあるけれど、あなたにとっての居場所はどこかに必ずあるから。

 


最後まで読んでいただきありがとうございました。
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