人が求める『承認』とは

誰かに認められたい!

誰かに必要とされたい!

そう感じたことがある人も多いのではないでしょうか?

 

人間というのは本来、孤独ではなく集団を好む動物です。

集団、いわゆる周りの人に認められたり必要とされたりすることで、自分の存在価値を見出すことができます。

 

僕の小学生時代のエピソードを紹介します。

小学6年生の頃、僕は中学受験をしていて、学年で中学受験をしていた人は僕を含めてたった3人でした。優等生だったんだぁ、と感じる人も多いとは思いますが、実際はほぼ毎日外で遊びまくるやんちゃ野郎でした。当然、模試の成績は毎度「可能性圏」で、お父さんに結果を伝えるたびにブチ切れられていました。それでも僕は友達と遊び続けました。理由はもちろん楽しかったから。それともう1つあって、仲間として認めて欲しかったからです。「今日も公園でサッカーしようぜ!」「ごめん、勉強しなきゃいけないんだ」この繰り返しが続くと、相手も気を使い、いつか遊びに誘ってくれなくなってしまう、という不安がありました。受験勉強で一緒に遊べなくても、自分たちの友情が消えないことはわかっていたのですが、断るという選択肢を持つまでにはだいぶ時間がかかりました。

仲間として認めて欲しい!という思いを当時の僕は抱えていたんだなと感じます。

 

仲間に限らず、親にもそれは当てはまります。

親に褒められたいからテストで良い点をとったり、お手伝いをしたり、誰しもが経験あると思います。

 

人の生きる原動力の1つは「承認」です。

 

社会に存在する承認要素を整理していくと「愛」「人権尊重」「業績評価」の3つに分かれます。

 

「愛」はこの中で何よりも大事な要素です。

娘に溺愛しすぎて何をやっても可愛いというダウンタウン松本人志がまさにこの状態です。

本来人間は親から有り余るほどの「愛」を受け取ることで自己肯定感を高めます。

しかしこれが不十分な場合、人は「人権尊重」や「業績評価」などの仮の「承認」を強く追い求めてしまいます。

親から十分な愛情を受け取った人は、他人のいうことにいちいち踊らされることが少なくなります。自信や自分軸についてはまたの機会に記事にいたします!

 

「人権尊重」は、人種や見た目、病気などをさします。

見た目のコンプレックスを隠すために厚化粧をする、などはこの場合に当てはまります。

 

「業績評価」は、模試の成績や肩書き、数字などをさします。

これは先ほどのテストの点数など例にあげた通り、目に見えやすく、他者が承認しやすい要素です。

しかし「業績評価」には大きな落とし穴があり、それは相対的な特徴があるということです。

壁に当たりやすくなったり、ゴールを見失うことが多くなってしまい、世の中の生きづらさをより強く感じてしまうのです。

 

今回は「承認」についてのメカニズムを簡単に説明いたしました。

私たちSMILEは今後、居場所学として「承認」について深く掘り下げて考えていく予定です!


最後まで読んでいただきありがとうございました。
学生団体SMILEは運営を一緒にしてくれる仲間、活動に共感してくれるサポーターを募集しています!
(詳細はこちら

Follow me!

人が求める『承認』とは” に対して1件のコメントがあります。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です